きっかけ

 

以前いただいてから5年以上つかっていたマグカップを、今日、不注意で割ってしまった。

当時お世話になっていた先輩が、職場を退職する際にくれたものだった。

 

本当に何気なくつかっていたので、ショックを受けた自分と、それに驚いた自分の両方がいた。頂き物を割ってしまった、良くしてくれた先輩に恩を仇で返してしまったような気持ち。

そして、割ってしまって初めて気づく思い入れ。

 

割ってしまったカップがきっかけというのは失礼だろうか、と考えながら先輩の事を思い出す。

華奢で綺麗な人だった。長い髪や爪の先まできちんと手入れされていて、仕事もはやく、明るく気遣いのできる人だったので職場で好かれていた。

まだ社会に出たばかりで迷惑ばかりかけていた私に、初めこそ厳しかったものの、年が一つしか違わないこともあり、だんだんと心を許してくれた。仕事の愚痴を言い合ったり、何気ない昨日のできごとを話したりと、打ち解けられたことが嬉しかった。

しかし、若い自分たちにはつらい職場だった。一年後には、先輩はあっさりと退職していってしまった。

それからめっきり連絡を取ることもなく、5年が過ぎた。私もその職場は退職し、違う仕事を始めた。風の噂で、先輩は結婚し、子供ができたことを知った。

 

かわいい子が産まれたんだろう、と思う。もう会うことはなさそうだけれど、カップは割れてしまったけど、今日ここに書いたからまた思い出せる。

 

良くしてもらったことも、時間が経つと忘れてしまいがちだ。今日割れてしまったマグカップは、そんな私に感謝の気持ちを思い出すきっかけをくれたのかもしれない。